2017-04-16 Sun
明々庵に向かう ゆずの足取りは軽やかでした。

明々庵はこの階段を登りきったところにあります。

明々庵は、松江藩第七代藩主で茶人でもある
松平不昧公によって建てられた茅葺き入母屋造り
の茶室です。
東京の松平伯邸に移されていましたが、不昧公
150年忌を記念して、松江城を望む赤山に移築され
ました。
明々庵からは、目の前に松江城が望めます。

ゆずはこれ以上入れないので、交代で入りました。

門の向こう側には不昧公も愛でた庭園があります。

門をくぐると、正面には雪隠及び腰掛待合付中門が

庭園の延段は古庵「明々庵」の正面入り口まで
続いています。

中門をくぐると、古庵「明々庵」のにじり口側
に出ます。
茅葺き入母屋造りの茶室は趣と歴史を感じます。

にじり口から中を覗き込むと、二畳半台目茶室の
床の間に不昧公の直筆による「明々庵」の掛軸を
見ることができます。

正面入口から茶室の中を見ることができます。


(参考情報)
明々庵の名前の由来:
禅問答の「明々(メイメイ)たり百草頭(ヒャクソウトウ)
明々たり祖師意」に由来しているそうです。
明々とは明らかなことを言い、百草頭とは
森羅万象を意味します。
「明々たり百草頭」は「目の前に広がる現象
一つ一つが仏法の心理であり悟りである」
という意味だそうです。
この百草亭では、明々庵と庭園を眺めながら
銘菓とともにお抹茶がいただけます。
この日は、不昧公が好まれた三大銘菓である
三英堂の「菜種の里」(上)と彩雲堂の「若草」
(下)をいただきました。

不昧公の御膝元だけあって、松江には沢山の
銘菓があります。
因みに、三大銘菓のもう一つは「山川」
(紅白の落雁)だそうです。
百草亭から見る庭園はまるで絵画のようです。
ゆったりとした時の流れに心が洗われます。

この「百草亭」の掛軸の前に座り、心静かに
大変美味しく一服いただきました。

床の間には、明々庵の名前の由来になっている
「明々百草頭」の掛軸が掛かっています。
床の間の花入れは三島写しの花徳利です。

静かな明々庵を後にして、大山リゾート
ホテル旬香に向かいました。
(続きます。)
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(参考情報)
不昧公150年忌の記念事業である明々庵の
移築は、島根県知事等を歴任された田部(タナベ)
家第23代当主 田部(タナベ)長衛門氏が中心と
なり実行されました。
また、同氏は田部美術館も設立しています。
百草亭の掛軸「百草亭」と「明々百草頭」は、
同氏の筆によるものだそうです。